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元王者石原が高校教師へ/ボクシング

教員免許取得のために必要な課程を修了し、将来の夢を語る石原
教員免許取得のために必要な課程を修了し、将来の夢を語る石原

 ボクシングの元東洋太平洋スーパーフライ級王者で世界王座に2度挑戦した石原英康(31)が高校教師になる資格を得た。昨年6月の現役引退後、9月から中部大の科目等履修生として受講を開始。今年8月に全課程を修了した。10月中には免許状を手にする予定で「石原先生」誕生が近づいてきた。

 1年にわたる学生生活を終えた石原は、感慨深げに振り返った。「やっと終わったか…という感じです。これで生涯やっていける仕事に就けるわけなので」。駒大在籍時に教育実習まで済ませていたが、残りの単位を得るため昨年9月から中部大に通った。週1日のペースで受講し、今年8月の集中講義を経て「教員免許高1種(地理・歴史)」を取得。免許状は10月中に届く予定だ。

 約8年ぶりの学業には想像以上に悪戦苦闘した。「勉強しても頭に入ってくるスピードがすごく低下していて。頭がおかしくなりそうだった(笑)」。分不相応な選択だったかもしれない-。そんな後悔がよぎることもあった。それでも、妻と2人の子どもを養う役目もある。昨年8月、水道敷設業に就いて生計を立て、今年9月からは親族が経営する岐阜県羽島市の障害者施設「あいそら羽島」で働いている。通勤電車で参考書を開いて勉強する努力も怠らなかった。

 「これから教師になる上で、この1年がすごくいい経験になったと思うんです」。勤務中の障害者施設では、入浴介助などを行っている。東洋太平洋王座に就き、世界戦も2度経験した華やかな現役時代とのギャップに苦しみ、気持ちが荒廃しかけたこともある。しかし「これは元ボクサーの誇りじゃなく、ちんけなプライドだ」。そう気づいた時、どんな仕事にも前向きに取り組める自信が芽生えた。

 様々な社会経験によって、理想の教師像も自然に描けるようになった。「生徒に自分の夢を押しつけるのではなく、個々の夢をサポートできるようになれれば」。そう語る石原の目は、現役時代に劣らぬ輝きを放っている。【北村泰彦】

 ◆石原英康(いしはら・ひでやす)1975年(昭50)8月7日、岐阜市生まれ。漫画「はじめの一歩」の影響で大垣日大高1年時に松田ジム入門。駒大に進み、アマ戦績は49勝(33KO・RSC)11敗。98年5月にプロデビュー。02年7月に東洋太平洋Sフライ級王座を獲得し、2度防衛した。04年5月、05年6月にWBA世界同級王座に挑戦したが、いずれも失敗。16勝(11KO)4敗1分けの戦績を残して引退した。家族は妻と1女1男。

[2006年9月28日9時50分 紙面から]


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