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2006年中日優勝特集


川相、最後も決めた533犠打

川相は家族から花束を受け取り笑顔をみせる(撮影・清水貴仁)
川相は家族から花束を受け取り笑顔をみせる(撮影・清水貴仁)

<中日2-1横浜>◇15日◇ナゴヤドーム

 別れのあいさつはやはりバントだった。3回、無死から荒木が二塁打で出た。川相が打席に向かう。バットを横に倒しただけでスタンドからは大拍手だ。初球。内角高めの難しい球を三塁線へ転がした。

 「バントがあったからここまでこれた。そういう役割を与えてくれた(巨人時代の)藤田監督(故人)、僕の前に塁に出てくれた人。みんなに感謝したい」。

 自身の世界記録を更新する通算533個目の犠打。職人は大声援に右手を上げてこたえた。

 試合後のセレモニー。家族から花束を受け取った川相は目を潤ませながらマイクを持った。「今年いっぱいで24年間の現役生活を終わることになりました。ジャイアンツで21年、ドラゴンズで3年。特にこの3年間は僕にとって本当に素晴らしい時間でした」。本拠地最終戦、4カ月ぶりに「2番サード」でスタメン出場。第1打席に左前打を放った。7回にはショートも守った。“最後の舞台”を用意してくれた周囲に感謝しながらプレーした。

 12日阪神戦(甲子園)の前に落合監督から来季構想外の通達と、1軍守備コーチ就任要請を受けた。迷いはなかった。「3年前とは違う晴れやかな気持ちです」。03年は巨人で引退を表明しながら、監督交代によって撤回した。だが自由契約となって入団した新天地で完全燃焼できた。

 ただ、川相は言った。「日本シリーズを有終の美にして、本当の引退としたいと思います」。落合監督はシリーズ40人枠に入れることを明言。まだ最後の仕事がある。だからこそ涙はこらえた。【鈴木忠平】

[2006年10月16日9時51分 紙面から]

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