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目標は三冠王、竜に3人目の堂上誕生

関係者から贈られた花束を受け取る笑顔の堂上(撮影・清水貴仁)
関係者から贈られた花束を受け取る笑顔の堂上(撮影・清水貴仁)

 竜に3人目の堂上誕生! 中日は25日、東京都内で行われた高校生ドラフト会議で巨人、阪神と競合の末、1巡目指名した堂上直倫内野手(18=愛工大名電)の交渉権を獲得した。今年の高校生NO・1野手は、元中日投手で現合宿所館長の父・照さん(55)、中日内野手の兄・剛裕(21)と同じユニホームにソデを通し、同じ道を歩むことになった。

 堂上と中日は赤い糸、いやドラゴンズブルーの青い糸で固く結ばれていた。当たりくじは、抽選箱の中で静かに中日を待っていた。中日のウエーバー順は巨人、阪神の後。残りくじを引くしかなかった西川球団社長がつかみ取った。

 運命の瞬間。会見場で緊張の面持ちでテレビ画面を見つめる堂上に、同社長の力強いガッツポーズが飛び込んできた。一瞬の静寂の後、端正なマスクから笑顔がこぼれた。父、兄が在籍する中日は小さいころから身近でファンだった球団。竜の新たなプリンスが誕生した瞬間だった。

 「本当にうれしい気持ちでいっぱいです。今は幸せ。小さいころから兄の背中を見てやってきた。いっしょにプレーできるのはうれしい。選ばれた時は最初にまずお父さん、お兄ちゃんの顔が浮かびました」

 元中日投手で現合宿所館長の父、その合宿所で1軍昇格を目指し練習に明け暮れる兄と同じユニホームにそでを通し、同じ道を歩む。兄とは普段から仲が良く「プロで三遊間を組むのが夢」と、ずっと背中を追いかけてきた。だが、目標だった存在は同じ土俵に立つ競争相手になる。「プロになったら、1人のライバルとしてやっていきたい」とはっきり言った。

 目標は大きい。落合監督が3度獲得した「3冠王」。理由は「全部1番を取ってみたいから」。2年春のセンバツで全国制覇の経験はあるが、個人的には1番に縁がない。中3のシニア全国大会では4強入りし、13打数8安打と打ちまくった。大会首位打者を確信したが、17打数12安打と打ちまくった3巡目指名の福田(横浜)にさらわれた。「センバツの記録(個人大会最多塁打=20)もタイ。今年だって、田中(駒大苫小牧)がNO・1だと言われているんで」。最高峰のプロで、頂点に立ちたい気持ちが強い。

 扉は開いた。中日に3人目の堂上誕生。一家でも飛び抜けたセンスと勝負強さを誇るプリンスが、プロの世界に飛び込む。【八反誠】

堂上アラカルト

 ◆名前 堂上直倫(どのうえ・なおみち)

 ◆生まれ 1988年(昭63)9月23日、愛知・春日井市出身。

 ◆球歴 勝川幼稚園の年長の時に硬式の名古屋北リトルに入団。山王小から知多中に進み、同シニアへとそのまま「進級」した。

 ◆守備位置 小1の時、初めて出場した公式戦では左翼を守った。シニア時代は二塁、遊撃を経験。最終的に投手兼遊撃手として、全国大会などで活躍。名電入学後は三塁、2年秋から遊撃を守る。

 ◆名電進学 数々の強豪校から誘いがあったが「名電に入りたい」と、3つ年上の兄剛裕の後を追い、入れ替わるように入学した。

 ◆公式戦デビュー 入学直後の春の県大会に代打で初出場。結果は初球を遊ゴロも「バットに当たったので自信がついた」。

 ◆甲子園 2年春(05年)に4番・三塁で初めて聖地の土を踏み、優勝に貢献。同夏にも連続出場したが、初戦敗退。3年夏(06年)も初戦敗退。通算成績は7試合25打数12安打5打点2本塁打。

 ◆記録 センバツの個人通算最多塁打記録(タイ=20塁打)を持つ。

 ◆ナゴヤドーム2発 中学3年のファン感謝デーで投手福留から弾丸1号。昨夏愛知大会決勝の豊田大谷戦では、1年半ぶりに左翼へ超特大2号。

 ◆日の丸 昨年9月のアジアAAA選手権(韓国)で日本選抜入り。全4試合に5番・三塁で先発出場し2本塁打を放って優勝に貢献。通算成績は16打数6安打5打点。中日平田、巨人辻内、楽天1巡目指名の田中(駒大苫小牧)らはその時のチームメート。

 ◆希望枠撃ち 渡韓前の日本選抜の練習試合では、昨秋希望枠で阪神入りした関大岩田から特大弾。

 ◆好きな選手 中日福留、堂上、平田。

 ◆身体能力 遠投110メートル、投手としての最速は144キロ。50メートル走は6・2秒 。

 ◆サイズ 身長182センチ、体重80キロ。足は左右とも28センチ。

 ◆家族 両親と兄。

兄弟ドラフトメモ

 ▼兄弟で同じ球団でプレーした選手は99年から00年の巨人入来智、祐作(現メッツ)以来。中日では88年から90年の仁村薫(現中日コーチ)、徹(現中日スカウト)以来となる。

 ▼ドラフト史上、親子指名は過去9組、兄弟指名は22組あるが、親とその息子2人が指名されたのは堂上が初めて。なお、ドラフトに限らず親子3人がプロ野球選手という例も史上初(義理の親子は除く)。

 ▼中日は87年1位で立浪の抽選(南海と2球団競合)に勝った後1位(1巡目)の抽選8連敗中だった。

[2006年9月26日9時50分 紙面から]

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